2018年10月17日水曜日

遂に明後日!!

皆さんお久しぶりです

遂にリリカルなのはの映画公開が迫ってまいりましたね

前作からの二部作という事で楽しみにされてる方も多いと思います
前作の終わり方がイリスが裏切って・・・という展開なので先が読めずどうなるのか今からも楽しみです

ところでイリスの「同じよ。私もあなたも」というセリフ。ものすごく意味深じゃないですか?
本来であればキリエを嘲笑うイリスのセリフのはずなのですが、これはイリスの過去に何かあってこのセリフなんじゃないかと思います。

そしてGODから参戦したユーリ含む紫天組。彼女たちもどうなるのでしょうか
勿論ユーリが救われるのが一番ですが、それによって王様たちもリインフォースのように旅立たないか心配でなりません。この展開がありえなくもない
GODの時は皆の力でユーリを救うのですが、GODの時のように赤い羽根をユーリが纏うのかも注目したいですね

待ち遠しい限りですが、次書くときには多分感想だと思いますw

2018年10月15日月曜日

正義と善と

皆さんお久しぶりです

前のシンフォギアの感想の際にクソほど言ってた「正義と善」
実際口にしたものの自分も曖昧なのでこの考察をしたいと思います

まず正義

色んなサイトで見たところ「人道的に正しい事、正しい意義」とのこと

一方で

こちらも調べたところ「よいこと、道理にかなっていること」とのこと


一緒やんけ!!!!!!

こんなこと言ったら身も蓋もないので続けましょう

善との違いは「悪」にあります

善の対義語に悪があるのに対し正義には悪という言葉がつかないのです
では何故なのか考えていきましょう


まず正義というのはどちらかというと自分自身の中にあるのでは?とかんがえています
確かに人道的に正しい事。という点を考えると???となるのですが、踏み外して罪悪感がないひとなんてそうそういません。
恐らく罪悪感を抱かない人はよほど強い正義か感情がないかの二択でしょう
戦争が正義のぶつかり合いのような比喩が生まれたのも恐らくこういう考えの元だと思います
では正義の味方。これはどうでしょう
この話の流れだと自分自身のエゴを突き通す言葉に聞こえなくもないですし、地球を侵略したい宇宙人も相応の正義があれば正義の味方なのでは?となります
もしかしたら自分たちの見ている正義はある側面でしかないんじゃないかと思います

一方で善は周囲の倫理などが関わってくるのではないでしょうか
これは皆さんが持つ倫理観、一般的な倫理に基づいての考えなのではないでしょうか
要はどれだけ自分の正義で行ったとしても、それが倫理から外れていれば「悪」という判定が起きます
だから私たちの行動は正義で判定されず善悪で判定されます
そして正義の味方という言葉はどちらかというと善悪の区別なんじゃないかと思います
だから倫理から外れた暴力的な侵略者は悪という区別になるんじゃないかな。と感じます
偽善なんて言葉もあるのですが、偽善という言葉は善良に見せるために善行を行う事。とあります
善行を行った時点で善ではありますが本心からではないというだけで偽善。皮肉ですけど完全でないとダメみたいですね
正義の元で動いたつもりの善行でも側から見て善でないのなら悪となるわけです
そして上記と同じでも見せかけの善と見られたら偽善になるわけです。これがとても難しい
なんか難しい話のように感じますが、超底辺偏差値のひとが書いてるのであしからず

そしてシンフォギアのマリアが行ったこと、これは間違いなく悪に入るのですが彼女なりの正義を持って動いているので正義でもあります
そして響の行ってきたこと、これは偽りなく善なのですが善行を行ってきたにも係わらずレセプターチルドレンである自分たちが救われなかったことを調は偽善と吐き捨てました
無論、調にも正義があって動いていたのは確実です。ただ正義という言葉に偽りの意味がないためこういう言い回しになったのでしょう。正義にうそをつくという事は自分に嘘をつくという事なので意味不明なことになるわけなんでそれはそうなんですが
マリアたちは響の善行が羨ましかったのではないでしょうか
悪を演じた上で正義を振りかざす彼女たちにとって響は善行を行う正義。真逆の対象となるわけです
認められない一部分もある上でそういうてんもあるのかなと感じます


ではこの辺で今日はさよならさせていただきます