2019年7月26日金曜日

強くなるということと戦うということ

皆さんこんにちは

最初に言いますと僕が今日このブログを書いたのはとある呟きを見たからです。
そのツイートというのがこういう呟きでした。
「戦って強くなるなんて簡単に言うな。戦えない人が弱いみたいな言い方しないで欲しい。」

と言う呟きでした。
コレを見て僕は
「じゃあ強くなると言うことはどう言うことなの?」
思いました。
この気持ちをみなさんと共有したいと言う思いも含めてブログに綴らせてもらいます。
まず自分語りからおい


僕は格闘技を少しではありますが齧っていてそれなりに素人相手なら負けないんじゃないかな?という自信があります(勝てるわけじゃないけどね)。
そんな僕でもイジメられた時期があって、小学生から虚弱で石ころを投げられたり言葉の暴力を受けたり散々な毎日を送っていた時がありました。
だから戦えない人が弱いって言い方はしないで欲しいという気持ちも分かります。今の時代ハラスメントに抗えず悩み苦しむ人も多い筈ですし、僕のようにイジメられることが怖くて震えている人もいるのできっと抗えない人もいると思います。
じゃあ戦って強くなるってどういうことなの?ということです。
僕は戦って強くなるということが何も力で(それこそ格闘技とか)強くなるという一択の答えしかないとは思っていません。
そこには知識などの別ベクトルの強さも戦って強くなるという選択肢もあるんじゃないかな?と思っています。
たまにいませんか?学校とかで好成績とって皆と明るく接しているオタク仲間や自分と似た属性の人の筈なのに営業成績が良くていつも褒められている人。僕はそういう人を何人も見てきたしその人たちと接してきた。彼らだって天賦の才能を持って前線に立っているわけじゃなくて自らの強さを見つけて戦ってるんです。
何が言いたいかっていうと、誰だって強いし強くなれるんじゃないかな?ということです。
それこそ僕みたいな底辺の成績しか取れてなかったような愚か者に比べれば大学などに行ってる方々は絶対的にいろんな知識において上手です。僕じゃ到底敵わないw
腕っ節でも僕より強い人なんて何人もいるけど、僕らにはそれを超える見越しがあるしもしかしたら教えた中で僕より才能があって強くなる人もいるかもしれない。
ゲームなんかもそうじゃないでしょうか?
コンボや腕で強くなっていく人もいれば将棋のような知識と経験で相手を翻弄する人もいる。僕はこれも強さの一つだと思います。

絵だって何だってそう。どこかで同じリングに立ち上がって戦う人がいると思うんです。その中で戦って強くなる人は絶対に輝くって思ってます。
もちろんイジメられて悔しくて強くなりたい。腕っ節でもいいという人は居ると思いますし、そこから強くなろうという思いは凄いなと敬意を払わざるを得ません。僕はそう思えずにただ耐えるだけの生活を強いられていたのでw
僕だって今イジメられてもおかしくないくらい中途半端で虚弱でクズです。でも僕は腕には自信があるしそれを落とさないために筋トレもしてます。
ゲームでボコボコにされてヘコむこともありますし周りの絵に比べて劣ってたり自分より素晴らしい演技をする人がいて心が折れそうになるときもあります。
でも結局戦って強くなるしかないんですよね。知識だってそうだしゲームだって何だってそう。
だから皆さんも「自分なんて〜」って思うときは僕を見て欲しい。きっとあなたより弱いものが何個もある。僕を蹴落としてくれる分には全然許容範囲ですw
それでも本当に戦えない人もいる。自分に輝くものなんてないと思ってる人や趣味がなかったりする人たちもいます。僕らの強さはそういう人に分け与えてあげてください
僕はこうやって強くなったんだ!っていうことを見せてあげてください、なるべく自信満々に
その人はあなたの凄さと強さでその道で強くなることを選ぶかもしれない。あなたもその人もハッピーじゃないですか
僕の見てる世界なんて小さくて、これまで見てきた景色もど底辺かもしれない。それでも僕は強くなれたしこれからも強くなります。当時の僕が見たらビックリするくらい強くなってやろうとも思ってますw

だから皆さんは決して弱くなんかないし絶対に強くなれると思ってます。
力だけじゃない。ゲームや芸術や知識の強さで僕を蹴落としてボコボコにしてくれる日を僕はいつでもお待ちしています。